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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1005号 判決

控訴人

株式会社曾根商店

右代表者

曾根清暢

右訴訟代理人

佐々木秀雄

外二名

被控訴人

株式会社内藤

右代表者

内藤泰春

右訴訟代理人

村下武司

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、控訴代理人が、「公証人法が公正証書の作成につき種々の手続を要求しているのは、公正証書が執行手続上債権者に強力な権限を付与するものであることに鑑み、それが正当な権限を有しない者により嘱託作成されることを防止せんとするにあるが、また、それ以上の目的を有するものではない。したがつて、本件のように、たまたま手続上の違背が看過されて公正証書が作成された場合においても、実体上権限のある者が作成を嘱託しており、実体上の権利関係に影響がないことが明白な場合には、該公正証書を無効と解すべきではない。」と述べたほか、原判決の事実摘示と同一(ただし、原判決八枚目表七・八行目「され」を削る。)であるから、これを引用する。

理由

当裁判所も、被控訴人の本訴請求は理由があるものと判断するが、その理由は、次に附加するほか、原判決の理由説示と同一(ただし、原判決一〇枚目裏六行目に「未払」とあるのを「未払」と、一二枚目裏七行目に「天野操が」とあるのを「天野照男が」と、それぞれ改め、一三枚目表五行目「債権者」の次に「の債権額」を加える。)であるから、これを引用する。

公正証書の作成を現実に嘱託する者に人違いがないということは、公正証書の作成に当り要求される最も基本的な事柄であるから、代理人が本人と称して公正証書の作成を嘱託した場合にも、右瑕疵の重大性に鑑み、公正証書の効力は否定せざるを得ない。

よつて、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(渡辺一雄 田畑常彦 宍戸清七)

〈参考・第一審判決、主文、判決理由〉

(東京地裁昭和四四年(ワ)第一〇八九七号、配当異議事件、同四九年四月一五日民事第四部判決)

【主文】

東京地方裁判所昭和四四年(リ)第二四七号、第二六五号配当事件について、昭和四四年九月二六日同裁判所が作成した配当表の被告に対する配当部分を取り消し、右配当額を被告を除いた債権者に按分した配当表に変更する。

訴訟費用は被告の負担とする。

【事実】〈省略〉

【理由】

一 請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

二 ところで、原告は、本件公正証書は被告会社において天野商店から預り保管中の天野商店代表者印を冒用し、天野商店代表取締役天野操と地位、氏名を偽つた第三者をしてこれが作成を嘱託させたものであり、或いは、本件公正証書の作成嘱託の手続に違法があり、したがつて本件公正証書は債務名義としての効力はないから、これに基づく差押は無効であり、被告は本件配当には加入できないものである旨主張するので、この点について検討する。〈証拠〉を総合すると、

天野商店は、被告から昭和四二年一二月から昭和四三年八月一六日までの間、金一一六七万九三六〇円相当の機械工具類を買い受け、その間これが代金については未払の状態であつたが、同年七月ころ、得意先の倒産や赤字累積のため経営困難となつたことから、この際、被告との右取引による債務を明確にすべく、被告に対し公正証書の作成嘱託方を申し入れ、当時右売買代金債務は金一〇〇〇万円を越えていたが、とりあえず金一〇〇〇万円について同年七月三〇日に公正証書を作成することで被告との了解がつき、右同日天野商店からは、その代表取締役である天野操が福島県下に出張して不在であつたため、同人より予め右公正証書作成方の指示を受け、印鑑証明書等これに必要な書類等の交付を受けていた、その実弟で経理担当の専務取締役である天野照男が、また被告からはその社員である曾根茂がそれぞれ、東京都品川区南大井六丁目五番一四号東京法務局所属公証人堀真道のもとに赴き前記のような公正証書の作成方を嘱託し、本件公正証書が作成されたが、その際、右曾根茂は被告の代理人として右嘱託をなし、自ら右公正証書に署名押印したものの、天野照男は天野商店代表取締役天野操と名乗つて右嘱託をなし、右公正証書に「天野操」と署名し、その名下にかねてより前記天野操より預つていた天野商店の社印を押捺したことを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告会社は原告が主張するように天野商店代表者印を冒用して本件公正証書の作成を嘱託したものではなく、天野商店代表取締役である天野操から本件公正証書作成嘱託方の代理権を与えられた、その実弟で同店の専務取締役である天野照男が被告会社の代理人である曾根茂とともに前記認定の公証人のもとに赴き本件公正証書の作成嘱託方をなしたものであるが、前記認定のとおり、天野商店代表取締役である天野操は右公証人のもとには出頭しておらず、また天野照男は天野商店代表取締役天野操の代理人として本件公正証書の作成嘱託をしたものではなく、自らを天野操と称して本件公正証書に署名、捺印したことが明らかであるので、さらに代理人が本人として作成の嘱託をなした公正証書の効力について検討するに、公正証書は債務名義となり得べきものであり、債権者に執行手続上強力な権限を付与することとなるので、公正証書が公正の効力を有するためには法律の定める要件を具備することを要し(公証人法第二条)、公正証書が正当な権限を有する者によつて嘱託作成されることを確保するため代理人による公正証書作成の嘱託については公証人法第三二条に詳細な規定を設けているのであり、公証人法第三九条第三項が列席者の署名捺印を要する旨定めているのも、右のように公正証書が正当な権限を有する者によつて嘱託作成されその記載事項が真実に合致することを担保するためであつて、右署名にはいわゆる署名代理の観念を認める余地はないものというべく、以上の諸規定は公正証書に公正の効力を付与する要件であると解すべきであるから、本件のように天野操が代理方式によらず天野商店代表取締役天野操と称して作成嘱託をなし、自ら「天野操」と署名した本件公正証書は右諸規定の適用を僣越するものであつて、その作成嘱託に違法があり、公正の効力を有しないものといわざるを得ない。

三 そうすると、本件公正証書は債務名義としての効力はないから、これに基づく差押は効力を生ずるに由なく、被告は本件配当には加入できないこととなるので、本件配当事件について作成された配当表の被告に対する配当部分を取り消し、右配当額を被告を除いた債権者に按分した配当表に変更する旨の裁判を求める原告の本訴請求は理由があり、認容すべきである。

よつて、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(松村利教)

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